【怪物】2歳で古馬相手のダート2300mに挑んだ馬がいた件

韓国競馬

2022年、イギリスで古馬相手のG1に挑んだ2歳馬が話題となりました。

The Platinum Queen(ザプラチナムクイーン)は、2歳馬の身ながら夏から古馬相手のG1に参戦。ナンソープステークス(ヨーク芝1000m)でHighfield Princess(ハイフィールドプリンセス)の2着としたのち、10月のアベイドロンシャン賞(ロンシャン芝1000m)で1番人気に応えて優勝。同レースを2歳馬が優勝するのは44年ぶりでした。
ちなみに、斤量は52.5キロ。3歳以上の牡馬とセン馬は62キロ、牝馬は60キロを背負っていたので、7.5キロ~9.5キロの恩恵を受けたことになります。1000m戦でこのハンデは計り知れなく大きいですが、それでも2着馬との差は短クビ差の辛勝でした。それだけ、この時期の2歳馬と古馬の差は大きいということです。

しかし韓国にかつて、ダート2300m戦で最強クラスの古馬に挑んだ馬がいたのをご存じでしょうか。今回は、そんな早熟の怪物をご紹介します。

グランプリに挑戦した2歳馬

今回取り上げるのは스마티문학 (SMARTY MOONHAK、スマーティムナク)

2009年・アメリカ生まれの外国産馬で、父は2004年のケンタッキーダービー・プリークネスステークスを制したSmarty Jones、母父は1991年のブリーダーズカップクラシックを制し、日本でもワシントンカラーやフジノウェーブを輩出したBlack Tie Affairという血統です。

2011年6月25日のデビュー戦こそ2着に敗れるものの、そこから4連勝。1馬身3/4、7馬身、11馬身、11馬身と4戦合計の着差が30馬身という圧倒的なパフォーマンスを見せます。
しかしスマーティムナクは外国産馬で、2歳馬の頂点を決めるブリーダーズカップには出走できません。思案を巡らせた陣営は、なんとグランプリ出走を打ち出します

いくら高いパフォーマンスを見せていたとはいえ、2歳馬がトップクラスの古馬相手にダート2300mでどれだけやれるのか?そんな声もあったはずですが、人気投票では17連勝中の最強馬・미스터파크 (MISTER PARK)、ミスターパーク)、前走KRAカップクラシックを制し5連勝中の에이스갤러퍼 (ACE GALLOPER、エースギャロッパー)、ミスターパークの同期最大のライバル・터프윈 (TOUGH WIN、タフウィン)に次ぐ4位にランクイン。堂々の支持を受け出走します。

グランプリ当日、スマーティムナクは超新星誕生を期待するファンの票を集め、ミスターパークに次ぐ2番人気。なお、斤量は52キロで、一番重いタフウィンとは6キロ、ミスターパークとはわずか3キロの差しかありませんでした。この状態で2300mを走るのにもかかわらずこの支持は、それだけ当時のファンの期待が高かったことを示しています。

そして迎えたレース。中団から向正面で早々に2番手に上がったスマーティムナクは、逃げるミスターパークだけをマークして負かしに行く王道の競馬を見せ、直線では一騎打ちに持ち込みます。
結果ミスターパークに振り切られ、後方から追い込みそれを差し切ったタフウィンにもかわされて3着に終わりましたが、2歳馬がトップ相手の2300mで見せた走りとしてはあまりにも強烈な印象を残しました。
なお、グランプリに2歳馬が出走したのは後にも先にもこれが唯一。今は出走条件が3歳以上に設定されているので、これから先条件が変わらない限り2例目を見ることはできません。

その後

翌年、グランプリ激走の疲れも見せず1月のレースに出走し、単勝1.3倍の支持に応えて10馬身差圧勝(なお、2着は2008年・2009年グランプリ優勝の동반의강자 (DONGBANUI GANGJA、トンバニガンジャ))。もはや平場のクラス1に敵はなく、その後も7馬身(59キロ)、5馬身(60キロ)、9馬身(61キロ)と格の違いを嫌というほど見せつけます。なお忘れてはいけないのは、まだスマーティムナクは3歳だということです

4連勝後の7月、今度は重賞初制覇を目指して釜山広域市長杯に出走。単勝1.4倍の1番人気に推され、4着に敗れたタフウィンには先着しますが、昨年の大統領杯の勝ち馬당대불패 (DANGDAE BULPAE、タンデブルペ)に逃げ切りを許し2着。惜しくも初タイトルは逃しますが、ファンは今後この馬が最強馬として韓国競馬を引っ張っていくだろうという評価を下していました。

しかし、ここで悲劇に襲われます。屈腱炎を発症し、1年の休養を余儀なくされたのです。ちょうど1か月前、釜山ではミスターパークがこの世を去ったばかり。わずかひと月で、韓国競馬界は最強馬と次代の最強馬を失ったことになりました。

復帰後、スマーティムナクはかつてのパフォーマンスを取り戻せず。初戦(1200m)を6着に敗れ、2戦目(1200m)は1番人気に応えてなんとか勝利しますが、着差は半馬身差。ラストランとなったグランプリも1番人気に支持されるも、直線で失速し13着に大敗。レース後屈腱炎を発症した部位に再度損傷を発症し、競馬場を去ることとなりました。

引退後種牡馬となったスマーティムナクは、競走馬として登録された9頭の産駒の中から2021年の京畿道知事杯・2023年の東亜日報杯を制した어디가나(EODIGANA、オディガナ)を輩出。昨年6月、疝痛でこの世を去りました。

2歳・3歳のわずか1年強で、ファンに強烈な印象を残した早熟の天才・スマーティムナク。もし屈腱炎を発症せずに競走生活を全うしていたら、いったいどんな成績を残していたのでしょうか。

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